生きててくれたら!

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母が亡くなって今年で10年、私がちょうど30歳のときだった。

世の中にはもっと早くに親を亡くしている人はごまんといるけれど、やっぱり「早いほう」なので、これまでいろんな人から労いの言葉や、お気遣いをちょうだいしてきた。
ありがたや♡

とはいえ薄情なようだけど、この10年で
「母がいなくてめちゃめちゃ困った!!」
ということが、実はあまりない。

離れて暮らす父が入院したときも、姉と交代で病院へ行ってなんとか乗り越えたし、実家で自営しているお店も、周囲のみなさんの助けを多いにお借りして、今もなんとかなっている。(と思う。姉がどっぷり背負っていた時期もあるが…)

無責任な末っ子ゆえの言い分なのかもしれないけれど、とにかく「今のところ、なんとかなっている」のだ。

 

ただこの10年で、2回だけ
「あー!生きててくれたら!」
と、本気で悔やんだ瞬間がある。

ひとつめは、夫が日本酒を美味しそうに飲んでいるのを見たとき。

母が亡くなってから7年後に、私は結婚した。
その相手は、それはそれはお酒が大好きで、なかでも日本酒が大好物。

母も日本酒が大大大好きで、毎晩ひとりで晩酌していたので(父は一滴も飲めない)
「あぁ、この人が母の晩酌に何時間でも付き合ってあげただろうに」
と思うと、ちょっと胸がぎゅっとなる。

「生きててくれたら」は、意外にもこんな何気ない日常に潜んでいるものなのだ。


そしてふたつめは、甥っ子がただただ可愛いとき。

2年前に姉が産んだその子は、それはそれはかわいくて、最近なんて拙い言葉を話すようになったから、控えめに言って最高すぎる。
できることなら毎日会ってハグしたい。

この可愛さに触れるたび
「あぁ、母にも見せてあげたい!」
と、いよいよ悔やしくなるのだ。


私も現在妊娠8か月。

助産師さんも区の職員さんも、元会社の先輩も、
「実母が他界していると産褥期が大変!」
と多いに心配してくれたが、きっと苦労しながらも、母以外の誰かに大いに甘えて、なんとか乗り越えるだろう。

そして、我が子の可愛さに触れたときに、きっと、ついに思うのだ。


「あー!生きててくれたら!」